ハーバードER記

Ars longa, vita brevis.

続編:不必要な救急受診?

研究が上手くいかなくて(研究の9割とはそんなもののようですが)
ちょっと逃避中です。


さて昨日の投稿の続きにいきます。
論文の妥当性は置いておき、結論には賛成。
つまり「後出しじゃんけん」政策には反対です。


卑近な例を挙げれば、
足をくじいて→足が腫るし痛くて歩けないため救急外来に来る。
診断の結果、

  • 骨折なし(ねん挫)→保険払い戻しなし。
  • 骨折あり→保険払い戻しあり。

という感じです。
このような患者を罰する(低所得者の場合、診療報酬の未払いが多くなる→患者を断れない救急外来を持つ病院の持ち出し=病院が罰せられることになる)制度、おかしいですよね。
小学生でもおかしいと思うんじゃないかな。



2008年のリーマンショック以来、米国では約1000万人が雇用者保険を失っています。
そして今や人口の20%が低所得者用保険=medicaid。
たしかにこの医療費が各州の支出のナンバーワンを占めることも多く、
緊急の課題であることは間違いがない。
しかし、この後出しじゃんけんはフェアではない。



ちょっと話を戻しましょう。
この各州の後だしじゃんけん法の原理として使われることのある
ニューヨーク大学方式。それゆえにこの論文でも採用されています。


これはBillings先生が開発したもの。
しかし、このように救急外来の退院診断から、
「無駄な救急外来受診を同定する」という目的で考案されたものではないのです。
本来の目的は"ambulatory care sensitive"な外来受診を見つけるもの。
つまり、プライマリケア医で治療可能なもの、または予防可能なものを同定するのが目的なんです。例えば、喘息の急性発作による救急外来受診ですね。これはプライマリケアでしっかり慢性期をコントロールしていれば、原則として救急外来受診をかなり抑えることができる。



さあ、このニューヨーク大学方式で同定される救急外来受診が示唆することは何でしょうか。
そうですね、低所得者対象保険の患者におけるプライマリケアへのアクセスが不良なことを意味するのです。患者の「救急外来を受診する」という判断が間違っていることを意味するのではありません。
政策立案者は誤って(故意かどうかは不明ですが)利用していると考えたほうがいいでしょう。


さらにはMedicaid (低所得者対象保険)にとって救急外来は、数ある選択肢のうちの1つではないんです。それしか選択肢がないことが多いのです。そんな患者に、「あなたが救急外来を受診したのは間違っていた」と言うことはフェアでしょうか。



このような患者のプライマリケアへのアクセスが悪いことはよく分かっています。
まずは1994年のNEJM研究。メディケイド患者になりすました研究者が全米10都市のプライマリケア医に電話し、その保険でも「マイナー」な問題で受診することができるか調査。そのうち4回に1回のみ受診する段取りをつけられた。それ以外の3/4は? 
最も多い回答=医学的なアドバイスもらえなかった。
二番め=「Go to an ER」と言われた。
でした。ホント、これ多いっす。



もう一本いきましょう。
これは2005年のJAMA
救急外来から退院した患者になりすました研究者。彼ら/彼女らが「肺炎、子宮外妊娠、高血圧などの診断で救急外来から帰宅したので、外来フォローを受けたい」と約500のプライマリケアに電話。しかし保険がMedicaidと告白した場合には3回に1回しか迅速なフォローアップを得られなかった。
(ちなみに保険会社の保険を持っていると告白すると、その2倍の確率でフォローアップされる)



さあ、このような低所得者に救急外来以外の選択肢はあるのでしょうか。
行き場のない患者の救急外来受診が「不必要」であった場合、その患者の判断を罰することは正しいことなのでしょうか。
このような患者のセーフティネットとなることを要請されている救急外来(およびその病院)を間接的に罰することは正しいことなのでしょうか。



僕はこの国の医療システムに怒りがあります。
でも文句を言うだけなら子供でもできます。
僕はこれを研究によって変えていきます(いつもの大言壮語)。